多種多様な仕事がある自治体現場での人事異動は、しばしば「転職」と称されるほど。「これまでの経験が活かせず途方に暮れる」といった話を耳にすることも多い。
そこで、ジチタイワークスでは『自治体シゴトのテキスト』をスタート。少しでも皆さんの支えとなるよう、多種多様な自治体業務について、その業務に精通している方にやりがいや魅力、仕事のポイントについてご紹介いただく。
【法的トラブル対応を学ぶ 応用編】
第4弾のテーマは「法的トラブル対応」。『公務員の法的トラブル予防&対応BOOK』などの著者である市川市職員の米津孝成さんにご登場いただく。応用編の今回は、法的トラブルに強くなる体力つくりを学んでいこう。
※著者の所属先及び役職等は2022年6月公開日時点のものです。
※各記事の掲載情報は公開日時点のものです。
本記事は基礎・実践・応用編で構成されています。
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法的トラブルに強くなる体力つくり
法的トラブルを解決するには、関係部署や専門家(顧問弁護士、税部門の相談員など)と連携して組織的に対処しなければなりません。とはいえ、解決に向けた一歩一歩においては、個々の職員の努力や能力が大きく作用します。
職員1人ひとりの地力を高め、結集することで法的トラブルの迅速な解決につなげられるよう、日頃から次のような「体力つくり」を心がけましょう。
予測する力を高める
普段の事務をこなす中で「これで良いのだっけ?」「なにかおかしくないかな?」といった違和感がよぎることがあります。
こうした違和感は、法的トラブルの予兆かもしれないので、見逃してはいけません。時間をかけなくても良いので、次のようなアクションにつなげてみましょう。
・根拠法令の条文や様式を確認してみる
・同様の事例をインターネットで検索してみる
・逐条解説や基本書の該当箇所を調べてみる
・上司や同僚に声をかけてみる
違和感のある事案について同僚や上司と話してみることは、実はとても役に立ちます。重大な法的リスクが発見されることがあるだけでなく、お互いの頭の整理になりますし、知識の再確認や、部署内に相談しやすい雰囲気をつくることにも役立ちます。雑談がてら「こういう事案は、こんな問題につながりませんかね?」と話しかけてみましょう。
また、事件、事故の展開をほんの少し先取りして想像してみる習慣も有効です。次の展開に備えて、先手(被害拡大を防ぐ方策や相手方の主張に反論するための準備)を打っておくことができるからです。
・相手方の立場になってみる
自分が自治体を追及するとしたら、どんな主張をするだろうか?
・事件、事故を別の角度から眺めてみる
お金、権利、心情、倫理、社会的評価などの側面ではどんな影響があるだろうか?
・悲観的に分析してみる
こんな反論をされたら、ここを攻められたら、実はこんな事実があったら、自治体が不利になってしまわないだろうか?
調べる力を高める
事件、事故が発生した直後には、時間をかけて詳細に調べることよりも、その事件、事故がどのような性質があって、どのように解決していくべきかの大枠をまとめる能力が役に立ちます(筆者はよく「おおよその当たりをつける」という表現を使います)。
そのために便利なのは、なんといってもインターネット検索です。判例等のデータベースや各省庁の通達検索のサイトを駆使するとともに、キーワードの使い方を工夫すると、欲しい情報に効率よく近づけるようになります。
こうしたテクニックは、なんと言っても「慣れ」がモノを言います。普段から次のようなウェブサイトをのぞいてみたり、検索ワードを工夫したりしてみましょう。
・裁判例
裁判所ウェブサイトの裁判例情報、自治体で導入している判例データベースなど(総務部門や監査部門の職員に導入の有無を聞いてみましょう)
・法令、通知・通達
各省庁のウェブサイト、e-Gov(国の行政情報に関するポータルサイト)など
・地方行政の調査結果、標準条例例など
いわゆる地方6団体のウェブサイト
・研究者の論文など
CiNii(学術情報のデータベース)
・地方自治に関する学会、法令関係の出版社のウェブサイトなど
一方で、インターネット検索の結果は、情報の信頼性と正確性が一概ではありません。例えば、検索上位にヒットするフリーのオンライン百科事典の記事などは、そのほとんどは信頼性の保証がありません。
検索結果に飛びつかず、まずはその情報が信頼できるものかどうか、情報の出どころを確認してください。
・その裁判例の判断は、上級審(高裁や最高裁)でも維持されているか
まだ上級審で争われているのではないか、異なる判断が示されていないか
・その見解は、学会や自治体で広く支持されているものか
少数説ではないか、個人的な見解に過すぎないのではないか。特に個人ブログの記事は要注意
・その資料で引用されている数字や意見は正しいものか
古いデータにもとづくものではないか、改正前の法令に関するものではないか
学ぶ力を高める
実際に起きた法的トラブルの事案に関する知識がないと、法的トラブルにつながるような違和感に気づくことは難しいかもしれません。新聞記事や雑誌で他の自治体で発生した法的トラブルの記事を見かけたら、どんな事案で、何が問題になったのかという点だけでも目を通しておきましょう。もちろん、事案の経過や結末を調べてスクラップしておくことができれば、なお良いです。
こうした学びの積み重ねが、あるとき「似た事件を見た覚えがある」「これに関する解説があの本に書いてあった」「これについてはあの人が詳しかった」といったヒントにつながります。こうした「あれ?」という気づきと「そういえば」というヒントが、あなたと自治体を大いに助けてくれるのです。
正しく怖がる
法的トラブルを予測する力や学ぼうとする姿勢は、法的トラブルを恐れる気持ちから湧き上がってきます。その意味では、法的トラブルを恐れることは悪いことではなく、むしろ必要なことです。
ただ、「怖い、怖い」と思いながら仕事をするというのは精神衛生的によろしくありません。
私たちの自治体は法令と組織力に裏打ちされた強力な組織であり、私たちの立場は法令と自治体に強力に守られています。「法的トラブルは、私にとっても自治体にとっても地域にとっても怖いものだけれど、しっかり備えてしっかり対処して、きっと克服しよう。」こんな認識が正解なのかもしれません。
基本に立ち返ることを忘れない
最後の最後で「当たり前のこと」に戻ってきました。
制度趣旨、根拠規定、所定の手続き、所定の解決方法、守るべきルールとマナーといった基本的な事項をしっかり押さえ、正面から取り組むことが、法的トラブル克服の王道です。
基本に反し、ミスや不祥事を隠したり言い訳をしたりして社会的な非難を浴びた事例は、紹介するまでもなく、みなさんもよくご存じでしょう。報道で取り上げられるような事案だけでなく、事務的なミスや住民とのトラブルであっても、基本に反する対応が失敗につながりやすいという点は同様です。
・ミスを隠していたことが判明し、そのことについて懲戒処分を受けた。
・住民に誤った説明をしたまま訂正しなかったところ、その住民が誤った認識で手続きを進めてしまい、後にそのことが原因で審査請求を提起された。
・裁判が進んだ中で、新たに発覚した事実を主張したところ、裁判官から「主張が遅い」と指摘された(裁判官の心証を悪くし、裁判の進行上、不利になった)。
法的トラブル発生時には、事実は事実として認め、負担すべき責任は負担することとした上で、それ以上ダメージを拡大させない方策を考えることが、結果的にあなたと自治体を救うことになります。
この法的トラブル対応の基本を肝に銘じて、日々の業務に向き合うことが、法的トラブルに強くなる体力つくりの決め手かもしれません。
みなさんと筆者がともに勇気をもって法的トラブルを克服し、自治体と地域がより発展していくための原動力となることを願って本稿を締めくくります。
プロフィール
米津 孝成(よねづ たかのり)さん
市川市議会事務局議事課主幹。平成16年、学歴・年齢の制限を撤廃した職員採用制度による採用の「一期生」として入庁。福祉部福祉事務所、総務部法務課等を経て現職。「公務員の法的トラブル予防&対応BOOK」、「公務員の仕事の授業」(いずれも学陽書房)、「自治体訟務イロハのイ」、「自治体法務の事件簿」(いずれも自治体法務NAVI e-Reiki CLUB/第一法規)などを執筆。
著書
『公務員の法的トラブル予防&対応BOOK』(学陽書房)
『公務員の仕事の授業』(学陽書房)他多数