『サード・プレイス』、それは家庭(第1の場)でも職場(第2の場)でもない、リラックスできる心地の良い場所。
本企画では、公務員の肩書を出しながらサードプレイスで活動している人にフォーカス。活動を始めたきっかけや、活動しているからこそ得られたこと、今後の展望など。公務員にとってのサード・プレイスがより身近になるきっかけを語っていただく。
公務員兼業作家
朝里 樹(あさざと いつき)さん
イラストは九尾の狐(きつね)※
※九尾の狐・・・中国や日本に伝わる伝説上の生物で9本の尾をもつ狐の霊獣または妖怪
プロフィール
怪異・妖怪愛好家、作家。1990年、北海道小樽市生まれ、2014年、法政大学文学部卒業。日本文学を専攻。現在、公務員として働く傍ら、怪異・妖怪の収集・研究を行う。著書に『日本現代怪異事典』『日本現代怪異事典 副読本』『世界現代怪異事典』『日本怪異妖怪事典 北海道』(笠間書院)ほか。
子ども頃から好きだった怪異・怪談の収集・研究。
私にとってのサード・プレイスは、物を書くことができる場所です。公務員と作家を兼業している私は、それがどこであっても、何かを書くとき、家庭や職場とは名前も立場も違う、ペンネーム「朝里 樹(あさざといつき)」として活動するもう一人の自分となるのです。
元々、北海道出身だった私は東京の大学を卒業した後、Uターン就職する形で地元の公務員となりました。
仕事に慣れないうちは、毎日疲労困憊になりながらも、ずっと続けていることがありました。それが大学の頃から続けていた怪異・妖怪についての文章の執筆です。
怪異や妖怪というと人によってイメージをするものは様々だと思いますが、私の場合、神話に出てくるような存在から、都市伝説や学校の怪談に登場するような新しい存在まで、幅広く集めて記録していました。
元々、子どもの頃からこういったものが好きで、自分で資料を読むなどして調べたりしていましたが、大学生になった頃からその情報を自分なりにまとめるようになったのです。
もう就職していたこともあり、この怪異・妖怪に関する執筆については、基本的には趣味で続けようと考えていました。しかしある時、転機が訪れます。
同人誌作成を転機に作家デビューを果たす。
きっかけは同人誌の作成でした。当時、調査した内容や怪異・妖怪を題材とした創作などを同人誌という形で紙の本にしている方々がいるのを、ネットを通して見ていました。
就職して少しお金にも余裕が出てきた頃、趣味の同人誌をつくってみようと思い立ち、今まで調べてものを整理し、本の元となる原稿を作成しました。
題材は都市伝説や学校の怪談に登場する妖怪的な存在や怪異現象です。
理由は、今まで妖怪を扱った事典といえば、基本的に近代以前のものを収集したものが多く、現代のものばかりを集めたものというのが、ほとんどなかったためです。
ないのであれば自分でつくってみよう、という単純な理由だったことを覚えています。そして、できあがった原稿のデータを印刷所に頼み、本の形にしてもらいました。
誕生したのは計380ページの本という、初めての同人誌にしては分厚いものでした。私はこの本に『日本現代怪異事典』というタイトルをつけ、ネット上で希望してくださる方に頒布しました。
『日本現代怪異事典』(笠間書院)
これが予想以上の反響をいただき、さらに大学で民俗学を研究されている先生方にも読んでいただく機会に恵まれました。
その先生の一人が出版社の笠間書院に『日本現代怪異事典』を紹介してくださったことから、商業出版へと至り、同時に作家デビューを果たすことができたのです。
公務員と作家は異なる仕事だからこそ息抜きになる。
そして私は現在、公務員として働きながら兼業作家として本を書いています。
基本的に執筆作業と公務員の仕事は内容が全く異なるので、互いの知識を活かせることはあまりないですが、逆に全く違う仕事内容だからこそ、それぞれが息抜きとして機能しているともいえます。
また、公務員は本名、作家としてはペンネームで活動しますから、気分的には公務員と作家の自分を入れ替えながら働いています。
これもまた、気持ちをリフレッシュする原動力となっているのです。
大変さの中でも充実感と楽しさを実感する。
作家業は、通常業務の妨げとならなければ公務員であっても兼業が認められています。もちろん、所属する組織に兼業の申請を行わなければならず、公務員としての業務内容を他者に明かしたり、公序良俗に反したりするようなものを書くことはできません。
そのため、作家の仕事は基本的に出版社から依頼を受け、それが内容的に問題ないかを確認し、大丈夫であれば締め切りまでに原稿を書きます。
それが雑誌やWEB上で連載される場合は短いスパンで、一冊の本になる場合は長期間の作業が必要となります。
長いときには、一冊の本ができあがるまでに1年以上の時間がかかります。
本をつくるということは、原稿を書くだけではありません。担当の編集者の方とどういう本にするかということを大まかに決め、それに合わせて資料を集めます。
そしてその資料を確認し、どのような内容を書くかある程度決めつつ、随時編集者の方と相談します。
原稿の執筆が始まれば、自分、そして時間との勝負です。平日は公務員としての仕事もありますから、主に仕事から帰宅してから、もしくは休日を作業時間に充てます。
もちろん自由な時間は減りますが、本をつくるという作業はほかの何にも代えがたい充実感や楽しさがありますし、それによって頭を切り替え、公務員の仕事にも新鮮な気持ちで挑むことができます。
そして、書き上がったら推敲し、文章を修正して出版社に送ります。すると初校というものが送られてきます。
これは出版社の方が原稿を元にレイアウトしてくれる修正用の校正紙で、原稿の執筆者自身が文章を見直して修正したり、編集者や校正者の方からの疑問点を確認したりして赤字を入れていく作業です。
この作業は二度、三度と繰り返し行われる場合もあります。
そして最終的な確認が終われば、原稿は執筆者の手を離れ、書籍として生まれ変わります。これが作家の仕事をしていて最もうれしい瞬間です。
わたしにとってのサード・プレイスとは。
自分の書いたものが物理的な本になるというのは、何度経験しても良いものです。このように私は、公務員と作家、ふたつの仕事の世界を同時に歩んでいます。
だからこそ、公務員でも北海道民でもなく、名前も立場も違う作家として活動する場所。執筆を行う書斎であったり、出版社との打ち合わせだったり、本の出版イベントであったり、そんなもう一人の私としての顔を見せるところ。
それが私にとってのサード・プレイスなのです。
#2 【荒井 怜央さん】サードプレイスでみつけた新たな彩り。
#3 【朝里樹さん】趣味だった怪異・妖怪の記録を続け、作家デビューを果たした現役公務員。 ←今ココ
#4 【矢嶋 直美さん】広がる人との縁が私の人生に彩りを与えてくれる。
#5 【磯部 健太さん】サードプレイスは、自己実現をするための最高の場所。