【セミナーレポート】疾患啓発にとどまらない!住民の行動を変える受診勧奨とは?

約530万人もの有病者がいると推計されているものの、22万人しか治療を受けていない「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」。“肺の生活習慣病”であり、特に喫煙者に多いCOPDですが、認知度が低いことに加えて発症初期は症状が乏しく、症状の進行に伴う息切れも、加齢によるものと勘違いされやすいため、多くの有病者が医療機関を受診していないのが実情です。
本セミナーでは日本大学名誉教授の橋本修先生に、COPDの早期受診における自治体の役割とメリットなどについてお話しいただくとともに、奈良県広陵町の芝宏美氏より、官民連携事業として実施したCOPD受診勧奨について報告していただきました。また、自治体が行うCOPD受診勧奨について、登壇者2人がトークセッションを行いました。
概要
◼タイトル:疾患啓発にとどまらない!住民の行動を変える受診勧奨とは?
◼主催:株式会社ホープ/アストラゼネカ株式会社
◼実施日:2021年11月10日(水)
◼参加対象:自治体職員
◼申込者数:185人
◼プログラム
Program1
日本大学名誉教授 橋本 修 先生
COPDの早期受診が超高齢社会におけるフレイル予防に
Program2
奈良県 広陵町 福祉部 けんこう推進課 芝 宏美 氏
COPDの受診勧奨事業について~官民連携事業報告~
Program3
橋本修先生・芝宏美氏
トークセッション/従来の啓発活動から一歩踏み込む、自治体が行うCOPD受診勧奨とは
COPDの早期受診が超高齢社会におけるフレイル予防に
<講師>
日本大学名誉教授
橋本 修 先生
プロフィール
1981年に日本大学大学院医学研究科を修了。日本大学医学部教授、日本呼吸器学会理事長、湘南医療大学保健医療学部学長補佐・教授などを歴任。現在、日本大学名誉教授、日比谷国際クリニックメディカルディレクター、一般社団法人 クリーンエア(JCAA)理事長。
症状が進行すると、ちょっとした日常動作でも息切れ・息苦しさを感じるようになるCOPD。超高齢化の中で該当者数も急増中のフレイル(加齢により生活機能を支える体力や気力が低下した要介護状態に至る前段階)の誘因でもあるCOPDを早期に診断し、対策を講じることは、フレイル予防にもつながる。COPD早期受診によるメリットについて、呼吸器内科学が専門の橋本先生に解説いただきました。
全国規模の対策が求められる「フレイル予防」
本日は皆さんに、1人でも多くのCOPD推定患者に受診勧奨の声をかけていただきたく、COPDの受診促進の重要性についてお話をします。
わが国の総人口に占める高齢者人口比率は、2025年には30%を超え、2060年には40%に達すると予測されています。そんな中で健康寿命の延伸に向け、2016年に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」にもとづいた取り組みの推進が求められています。主なものとして、地域における介護予防の取り組み推進と、専門職による栄養、口腔、服薬などの支援実施、フレイルの前段階である「プレフレイル」からの予防対策として、虚弱な高齢者でも容易に参加できる、住民主体で行う運動活動や会食など、多様な社会参加の機会拡大などです。
フレイルは、要介護状態に至る前段階として位置づけられています。フレイルの人は健康な人と比較して、要介護・要支援の認定リスクが約4.8倍、死亡リスクは約2.8倍高かったことが分かっています。フレイルの主な原因は加齢ですが、これにCOPDや心疾患、糖尿病、慢性腎臓病、骨粗鬆症、認知機能障害などの基礎疾患が加わることにより、フレイルおよび要介護状態への移行が加速するのです。つまり、フレイルおよび要介護状態への移行を予防するには、適度な運動に加え、COPDをはじめとした基礎疾患の診断と治療を行うことが重要ということです。
有病患者数の4.2%しか治療を受けていないCOPD
COPDとは「慢性閉塞性肺疾患」の略称で、肺気腫と慢性気管支炎が組み合わさった病態です。
私たちの肺はゴム風船のような性質の臓器で、大きく息を吸って膨らませた後は、組織が縮むことで吸った息を吐き出すようになっています。ところがCOPDの人の肺は伸びきった風船のような状態になっているため、息を吸うことはできても吐き出しにくくなります。その結果、呼吸の量が少なくなるため、労作時の息切れや咳、痰などの症状があらわれるのです。
それらの症状の影響で、頻繁に風邪をひいて治りにくい、同年代の人たちより歩くのが遅い、階段や坂道をのぼる途中で休んでしまうなどの日常生活における障害が発生します。COPDの原因は90%以上が喫煙で、現在、または過去に10年以上の喫煙経験がある方は、症状がなくてもCOPD予備軍だと言えます。
COPDの有病患者数は約530万人であるのに対し、総患者数(治療を受けている人)はわずか22万人。有病患者数のうち4.2%しか治療を受けていないのです。ほかの疾患と比較すると、高血圧は総患者数の63.5%(993.7/1,564万人)、糖尿病でも38.8%(328.9/848万人)ですから、COPD患者がいかに治療を受けていないかがお分かりになると思います。
COPDとフレイル、死亡率との関係
65歳以上の、日本在住の高齢者を対象としたコホート研究のプール解析によると、調査対象全体のフレイルの頻度は7.4%であったとの報告がある一方、65歳以上のCOPD患者に限定すると、フレイル頻度は27〜38%であったとの報告もあります。また、糖尿病、心血管疾患、うつ病、骨粗鬆症、高血圧に比べ、COPDはフレイル合併頻度が高く、COPD患者がフレイルを合併した場合、そうでない場合と比較して死亡率が4.03倍高かったことが報告されています。
先ほど述べたように、COPDになると労作時の息切れなどの症状が発生し、症状の悪化によって身体活動性が低下することでフレイルに移行し、要介護・寝たきりの可能性が増大します。健康寿命を延伸するためには、COPDを早期に診断し、合併症治療を含めた適切なCOPD管理が求められるのです。
COPDの治療は、「禁煙指導」と、呼吸の状態を改善する「吸入薬による薬物治療」、そして呼吸リハビリテーションや栄養管理などの「非薬物治療」の3本柱。JCAA(一般社団法人クリーンエア)のホームページから、COPDの疑いを簡単に自己チェックできるCOPD-PS™がダウンロードできます。また同サイトから、国内の呼吸器専門医がいる医療機関を検索することもできます。
[提供]一般社団法人クリーンエア
タバコを吸っている、吸ったことのある人へ
肺の病気 COPDセルフチェックhttps://cleanair.or.jp/copd
健康寿命延伸のためには、要介護の前段階であるフレイルを予防することが重要です。加齢に基礎疾患が加わることで、よりフレイルに移行しやすくなり、その中でもCOPDはフレイルになるリスクの高い疾患です。それにも関わらず、未受診または未診断のため、治療を受けていない患者が多いのが現状なのです。
フレイルに移行し、要介護・寝たきりの可能性が増大する高齢者を少しでも減らすために、COPDの早期診断と適切な治療が求められています。そのためにも、全国の自治体職員の皆さまに、COPDの受診勧奨を進めていただきたいと思います。
COPDの受診勧奨事業について~官民連携事業報告~
<講師>
奈良県 広陵町 福祉部
けんこう推進課
芝 宏美 氏
これまでにCOPDの認知率向上に取り組んできたものの、その効果は見えにくかったという広陵町。そこで令和2年度、アストラゼネカ社およびキャンサースキャン社と連携・協力し、官民連携事業としてCOPDの受診勧奨を実施。今回の受診勧奨事業で見えてきた具体的な方策と成果について、同町けんこう推進課の芝氏に報告いただきました。
将来のリスクを訴求したハガキ・アンケートを送付
今回実施した「COPD受診勧奨事業」の目的は、COPDの治療中断者の治療再開による重症化予防と、COPDハイリスク者への疾患啓発、検査受診による早期発見へと繋げることです。令和2年10月、本町とアストラゼネカ社、キャンサースキャン社と三者契約を締結し、官民連携体制で実施しました。
事業全体は、「受診勧奨の対象者特定」「疾患啓発・受診勧奨」「評価/結果公表」の3つのフェーズで実施しました。まず、「対象者の特定」については、国保加入の40〜74歳を対象に、特定健診受診者の中で喫煙習慣がある202人を「COPDハイリスク者」、COPD治療歴のある人のうち6ヵ月以上未治療の66人を「COPD治療中断者」に分類。両方の対象者に将来のリスクを訴求したハガキを送付、その後、受診意志の有無、受診理由、受診しない理由などを尋ねるアンケートも送付しました。
レセプト集計の結果、前年同時期に比べ、COPDハイリスク者は約1.3倍、COPD治療中断者は約1.2倍に受診者が増加しました(図1)。また、COPDハイリスク者202人のうち115人からアンケートの返信があり、ハガキを開封したのが79人、「今後受診しようと思う」と回答したのが30人。つまり開封者の38%が、「行動を起こそう」と考えたわけです。一方のCOPD治療中断者については、66人のうち返信ありが35人、うち10人が「今後受診しようと思う」との回答でした。COPDハイリスク者、COPD治療中断者とも半数以上が返信してくれたわけです。
図1
対象者:2020年10月1日時点において広陵町国民健康保険の資格を保有し、医療機関受診勧奨通知送付時点も資格を保有し、2021年3月31日時点で40歳以上74歳以下の者のうち、
●COPDハイリスク者:2019年度の特定健診受診者のうち、問診票で「喫煙習慣あり」と回答し、通知発送時点で通知送付が可能と広陵町が判断した者 202人(受診勧奨ハガキ送付:2020年10月16日 、アンケート送付:2020年11月4日)
●COPD治療中断者:COPD治療歴がある患者のうち、2020年5月~10月の期間において、慢性閉塞性肺疾患、慢性気管支炎、肺気腫の診療歴およびLAMA/LABA*の処方歴がなく、通知送付が可能と広陵町が判断した者 66人
※医療機関受診者は、医療機関でスパイロメトリー検査を受診した、またはCOPD(慢性閉塞性肺疾患、肺気腫、慢性気管支炎)の診断を受けた者とした
*LAMA:long-acting muscarinic antagonist(長時間作用性抗コリン薬)、LABA:long-acting beta₂-agonist(長時間作用性β₂刺激薬)
※レセプトデータ等のヘルスデータの分析はキャンサースキャンにて実施し、アストラゼネカはレセプトデータ等のヘルスデータの取り扱いには一切関与していない
正しい情報を提供する重要性を改めて痛感
アンケートの回答内容を見ると、COPDハイリスク者の場合「受診しよう」と思った理由としては、「将来のリスクヘの不安」が31.3%と一番多く、「受診しない」と回答した人の理由については、「今、困っていない」が約97.7%。この結果から、「自覚症状がないまま進行することもある」というアプローチも必要だということが、今後の課題となりました。
一方、COPD治療中断者の場合は、「受診しよう」と思った理由の50%が「将来のリスクへの不安」で、「受診しない」の回答では「今、困っていない」が25%、「過去に受診した覚えがない」が18.2%でした。また、「定期的に健診を受けている」「ほかの医療機関を受診している」ことで安心している人も多かったことから、正しい情報の提供がいかに重要かを改めて確認しました。
「たばこ対策」の啓発で229人が医療機関を受診
また、本町は前述の受診勧奨対象外である「特定健診受診者で現在は喫煙習慣のない人」「リスク不明(特定検診未受診者)の人」計5,009人を、「たばこ対策啓発対象者」と位置づけ、受診勧奨ハガキを送付する事業も実施しました。
COPDのリスクを啓発すると同時に、本町が「禁煙」「分煙」「防煙」「普及啓発」を4つの柱とするたばこ対策を推進中であることを案内した結果、5,009人のうち約4.5%にあたる229人が医療機関を受診しました。内訳は、検査を受けたのが27人、診断を受けたのが202人で、そのうち112人が治療薬などの処方を受けていました。
今回の受診勧奨事業を通じて、「将来のリスクに関するメッセージ」が行動変容に効果的だったと感じています(図2)。メッセージの内容も、シンプルで相手に伝わるものだったことが成果に結びついたと考えています。
図2本事業の詳細は、
広陵町Webサイト
https://www.town.koryo.nara.jp/cmsfiles/contents/0000004/4197/COPD1.pdf
にてご確認ください
トークセッション
従来の啓発活動から一歩踏み込む、自治体が行うCOPD受診勧奨とは
<パネリスト>
日本大学名誉教授 橋本 修先生
奈良県広陵町 芝 宏美氏
ちょっとした日常動作でも息切れ・息苦しさを感じるなど、日常生活における障害が進行するまで、“単なる老化現象”と思われがちなCOPD。有病者を効果的に受診に結びつけるためには、従来の啓発活動からさらに一歩踏み込んで、予想される将来リスクを分かりやすく訴求する必要がありそうだ。今後、自治体が行うCOPD受診勧奨のあり方について、日本大学名誉教授の橋本先生と広陵町の芝氏とのトークセッションで紹介いただきました。
COPD受診勧奨対象者の特定について
司会:広陵町は以前から、国保加入情報データや特定健診問診票を利用した受診勧奨を実施していましたか?
芝:特定健診や肺がん検診の受診者用質問票に、現在の喫煙習慣を問う項目があり、習慣がある人には個別禁煙指導やスパイロメトリーによる肺機能測定を実施していました。
数値として肺年齢を知ることができて、肺機能低下を被験者自身が感じられるので、説明の手応えはありました。
司会:取り組みの中での新たな気づきやほかの自治体へのアドバイスをください。
芝:対象者を絞ることにより、受診勧奨のハガキなど郵送コストも抑えられ、対象者に合わせたメッセージを伝えることができました。レセプトの分析や事業評価を自治体単独で行うのは労力の面でも分析力の面でも難しいため、民間企業と協働で実施できた点も良かったと思います。
ただ、ターゲットを絞らない受診勧奨も、家族や周囲の人にCOPDを知ってもらうことになり、間接的な受診勧奨も可能になります。どちらが良いかは、自治体ごとの人口規模や持っている情報によって異なるでしょう(図3)。
図3
司会:自治体独自で、すぐに実施可能な方法はありますか?
橋本:受診勧奨対象者を特定せずに、COPD疑いを簡単にチェックできる「COPD-PS™(COPD集団スクリーニング質問票)」を配布し回答してもらい、該当するのが4点以上の場合は医療機関検索サイトで調べたり、かかりつけの医療機関で診断を仰いだりするよう案内する方法が有効と思います。特定健診・がん検診受診者のような健康意識が高い人に、COPD-PS™をチェックしてもらったり、芝さんが言っていたように、家族や周囲の人たちにチェックリストを見てもらったりするのも、COPD受診促進への期待が持てます。
将来のリスクを訴求した具体的な受診勧奨案内
司会:受診促進につながったCOPDの「将来のリスク」について教えてください。
橋本:COPDの進行に伴い活動量の低下、糖尿病、高血圧、骨粗鬆症などの合併症も進行します。また、COPDは新型コロナウイル感染症の重症化リスク因子の疾患でもあります。
司会:広陵町のハガキは将来のリスクを訴える内容でしたが、ほかの自治体でも同様の方法は可能ですか?
芝:受診勧奨自体は、どこの自治体でも可能です。ただ、自治体単独で実施しようとすると、どうしてもデザインが文字ばかりになって、なかなか住民には読んでもらえません。
アストラゼネカ社のホームページから、COPD受診勧奨に使えるリーフレットやポスター(図4)が無料でダウンロードできるほか、COPD受診勧奨を実施する際に参考となる手順書も紹介されています。SNSを活用している自治体も増えているので、それらのツールを使って住民にアナウンスすることも可能と思います。
図4※COPD疑いを自己チェックできるCOPD-PS™と将来のリスクを訴求したリーフ、ポスターを用意しております。
[提供]アストラゼネカ株式会社
自治体でCOPD受診勧奨を始めるに当たって役立つ情報を、アストラゼネカのホームページで公開しています。
▶自治体によるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の受診勧奨の取り組み
司会:コロナ禍での広陵町の成果について、呼吸器専門医の立場としてどのようにお考えですか。
橋本:広陵町のCOPD受診者増加率は、数字だけ見るとわずかなもののように思えますが、そもそもCOPD有病者の大半は治療を受けていません(推定有病患者数の4.2%)。
したがって、広陵町のCOPDハイリスク者で約1.3倍、COPD治療中断者で約1.2倍の受診者増は、決して小さい数字ではないと思います。
結果を公開することでさらなる受診のきっかけになる
司会:アンケート結果についてはどう考えますか。
芝:「将来のリスク」に対する不安感が、行動変容に大きく影響していることが分かりました。住民に対しての極度な恐怖訴求は良いことではないと思いますが、「早めに受診・診断を受けて健康寿命を延ばしましょう」という、適切なメッセージに繋がっていると思います。COPDの発症初期は症状が出ない場合もあり、息切れがあっても苦しいから動かず、息切れを感じていないというケースもあるとお聞きしております。そうした人たちを掘り起こし、受診に繋げることが重要と考えます。
アンケート結果の中には「過去に受診した覚えがない」という回答もありました。慢性気管支炎で受診した経験があるにも関わらず、COPD治療との関連が伝わっていない人も少なくはなかったということです。
司会:受診勧奨事業の結果公表について、具体的な方法を教えてください。
芝:本町のホームページで公開しました。自治体の広報紙にアンケート結果を掲載するのも1つの方法だと思います。各自治体で使っているプラットフォームがあれば、それを活用するのが有効だと思います。結果を公表することで、COPD認知率の向上、受診促進、そして住民の健康寿命の延伸と、自治体にとってのベネフィットにもつながると考えております(図5)。
図5
橋本:どこの自治体でもがん検診や健康診断の通知は行っているでしょうし、今後は新型コロナウイルスワクチンの3回目接種の案内が始まると思います。その中に、COPDの概略とCOPD-PS™を共有していただきたいと思います。
司会:本トークセッションにおけるCOPD受診勧奨の3つのフェーズについて、自治体のベネフィットを以下にまとめております(図6)。
図6
お問い合わせ
ジチタイワークス セミナー運営事務局
TEL:092-716-1480
E-mail:seminar@jichitai.works